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Bjarne Stroustrup氏(Mr.BS)のインタービュー記事を読む連載第4回目の今回は、前回に引き続き次の公開記事を読みます。
1996年3月25日インタービュー記事(新リンク先)
本日は、公開記事内の次の質問へのMr.BS回答を詳しく検討します。
・With the AT&T break up, are projects like this going to go on?
質問文内には、「With the AT&T break up」という語句が使われています。この語句の先頭にあるWithはいろいろな意味があり、語学的に、たいへん難しい単語の1つといわれています。たとえば、"C With Classes"のWithの意味も結構難しいものです。この場合は、"持っている"、"サポートする"などの意味です。それでは、「With the AT&T break up」のWithはどういう意味かといえば、それは、"AT&Tが分割状態にある"、"AT&T分割という状態が発生して"、"AT&T分割を受けて"、という意味です。このため、この質問は最終的には、"AT&Tは分割状態に入りますが、このプロジェクトはその影響を受けることなく、このまま継続されるのですか?"という質問になります。より簡単に言えば、組織変更がプロジェクトに与える影響について尋ねているのです。実際、AT&Tは1996年に分割され、一部組織はLucentという会社の傘下に入りました(詳細は、こちらを参照)。
Mr.BSは、C++プロジェクトというものは正式には存在せず、自分一人で開始し、推進したプロジェクトであったと述べています。つまり、C++の設計・実装はAT&Tという巨大組織に依存していないと主張しているわけです。具体的に言えば、ノルウェー生まれのプログラミング言語Simulaが示唆してくれたオブジェクト指向概念を自分なりに研究し、(それをプログラミング言語Cと融合させ)、実作業で活用できるツール(C With Classes)にまで(組織に頼らずに)自分ひとりで成長させた、と述べています。そして、Simulaに感謝するとともに、C++に含まれている概念や思想は自分独自のものではないと表明しています。
Mr.BSの業績をこのように文章化してしまうとなんでもないことのように感じてしまいますが、一つひとつの作業内容を吟味すると、それらはすべて深い意味を持つ作業です。Mr.BSの著書「The Design and Evolution of C++」には、プログラミング言語Cの設計者であるDennis Ritichie氏などの助言を受けながら、作業を進めたことが記述されています。
Mr.BSは、1975年に初めてC言語に出会ったと述べるとともに、当時はCを完全に理解していたわけではないと告白しています。ということは、1979年の渡米後に本格的に学習したものと思われます。ただし、Cの学習目的は、Simulaの弱点を補うというものだったと想像されます。(コンピュータを学ぶということではなく)自分の考えや認識内容を実装するために、Cをどのように応用するか、という学習プロセスが取られたのでしょう。
このような事実を知ると、現在のプログラミング言語全般へのSimulaの影響がいかに大きいかが今更のように分かります。JavaやC#などの比較的新しいプログラミング言語の多くは、C++設計思想の強い影響を受けています。私たちは「オブジェクト指向」という用語をこともなげに使用していますが、時には立ち止まり、その意味や歴史的な背景を自分なりに(謙虚に)振り返ってみるのも、決して意味のないことではないと思います。
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